ヒドゥン・カリキュラムーその2ー
Posted By taga on 2012年6月28日
もっと無意識のところで、子どもたちは教師からのメッセージをたくさん受け取っています。
よく、「教師は背中で教える」とか、「見なさいといった方向ではなくて、教師の見ている方向を見る」とも言われます。
実は、教師自身が自覚していないところで、一番多くの教育をしているところがあります。
これは、教師に限らず、親だって、同じですね。
Ⅲ 例えば、中村健一氏のヒドゥン・カリキュラムというものについて、分析してみましょう。
とは言うものの、実際に健一さんのクラスに貼り付いて見ているわけではないので、これで全部とは言えませんが、いつも話していることや、講座を見ていて、思うことです。
本人に了承をとらずに、勝手に分析してしまいました。
・ まずは、このキャラクターです。
かぶりものつけて出てくるって、誰ができますか。
やってみたいと思ったって、僕なんかには、絶対に似合わないものです。
そんなことが出来るキャラクターなんです。すべったって、だいじょうぶ。
そして、圧倒的に明るい。
彼からは、暗さや陰湿さは、みじんも伝わってきません。
この明るさをバックにして、中村さんの実践があるのだということは、頭に置いておかなければ、なりません。
僕なんか、若い頃によく、暗いって、子どもに言われましたね。
じゃあ、暗い人は、健ちゃんの実践ができないのかというと、そういうことじゃない。
自分のキャラクターを乗り越えてやるんだという気構えで乗り切っていけるものです。
この実践には、こういうキャラクターが必要だ。そうだったら、自分は、そのキャラクターをそのときだけ演じれば良いのです。
合同体育をしていたときに、僕が突然「猛獣狩りへ行こうよ」をぎんぎんにやり始めたら、一緒にやっていた女の先生が、後から
「びっくりしました、多賀先生があんなことをなさるなんて。」
と言われましたが、今の僕は、テンションの高いキャラクターも演じられます。
演じるというと、悪いことのように聞こえますが、教師は、演技力が大事なんですよ。
苦手で、自分のキャラクターにないことならば、練習して演じればいいのです。
次に、中村さんには、いつも、厳しさが背景にありますね。
彼は、講座で大声を出す練習なんて学生にさせます。
大声でびしっと叱ることも、彼にはあります。
これがないと、ただおもろいだけのおっさんになりかねません。
そして、フォロー。
これは、著書まで出しているんだから、ヒドゥン・カリキュラムだとは言いにくいかも知れません。
フォローぬきで、ただ面白いだけの教師のすることは、子どもに根付いていきません。
最後に、ぶれないこと。
いつ話を聞いても、考え方が同じであることが大切です。
言うのは簡単ですが、実は、これが一番難しいのです。
このことについては、後で詳しく話します。
このように、中村さんのヒドゥン・カリキュラムにあたることをいくつか述べて来ましたが、これだけでは、おそらくありません。
僕が感じるものだけでも、これだけあるということなのです。
彼の実践がこういうことの上になり立っているのだということは、知っておいた方がいい。
だからといって、健ちゃんのキャラクターがないと、こういう実践の追試ができないというのではありませんからね、何度も言いますが。
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