ボツになった原稿

Posted By taga on 2015年5月30日

 ある事情でボツになった原稿。
自分では気に入っているので、アップした。
夏休みに人生が変わったことがテーマ。
少し長いけど、全文。

「デカダンスへのノスタルジア」
             多賀 一郎
 別に夏に人生が変わるなんてこともなかった僕は、最も心に残った夏休みについて書こうと思う。

① 二浪の夏

 二浪していたときの夏休み。予備校に通っていたから、一応夏休みなんだけど、受験生だからバカンスとしての夏休みはなかった。
「♪恋しちゃならない受験生
やけのやんぱち石なげた~」
という高石ともやの歌をやけくそで口ずさんでいた。
 一浪のときは、仲間が百人以上いた。僕の通っていた高校は進学校で、運動クラブをしていた連中は、ほとんど浪人を選択肢に入れて受験するので、それだけの浪人がいたわけだ。
 ところが、二浪となると、急にごくわずかになる。そこまで寂しさを感じるとは思いもよらなかったので、少しダメージはきつかった。
「こんなことなら、すべり止めを受けるべきだった」と後悔しても、もう遅い。長い一年となった。
 悶々とした気持ちで受験勉強も亀の歩みで過ごしたまま、夏休みに突入した。
 大学生となった友人たちが帰ってくる。大学の話を聞きながら、どんどん笑顔で落ち込んでいく自分がいた。
 もちろん恋はご法度と自分に言い聞かせて、華やかなところには顔を出さなかった。
 そんなときにふとしたことからアルバイトに入ったのが、ジャズ喫茶。アングラで、これまで僕の歩いてきた世界とは全く違うデカダンの匂いの漂う世界。
 ここに集う人たちは、一枚のレコードが買えてその日の焼き鳥が食べられたら、それで十分だという人であったり、ちょっと大丈夫かなと思うような人であったり、少しだけアウトローなムードに浸ってみたい女子大生やキャバレーのバンドの人たち等、多種多様。
 上昇志向や立身出世的なものが中心の前向き世界にいた僕にとって、おそろしく危険な香りのする、魅力的な世界だった。
 勉強の他にすることは何もない僕は、毎日のようにバイトに入ったり、バイトじゃない日も通ったりしていた。
 
② 音楽は人生を変える

 ジャズという音楽はどこか退廃的で、夜の世界の匂いがする。
 今とは格段に日本人のミュージシャンのレベルは低く、世界の音楽シーンの素晴らしさに酔いしれた。
 マイルス。デイビス、ハービー・ハンコック、ケニー・ドリュー、チック・コリア、セシル・テイラー・・・。
 僕のこれまでの音楽人生に存在していなかったサウンドは、しだいに僕の心を蝕み、麻薬のように染み入ってきた。
 音楽は人生を変えるとは、本当にあるものだ。神戸と言う街は、ジャズ喫茶の多い街で、いろんなジャズ喫茶にも足を運び、がんがん鳴るコルトレーンのサックスを聴きながら、受験勉強していた。
 よくそんなことで神戸大学に通ったものだと、我ながら感心する。
 
③ 視野が広がる

 さて、僕はジャズ喫茶の世界に足を踏み入れたために、これまでの考え方が一変した。
 こういう所に出入りする人種は落ちこぼれた人たちだと、思っていたからだ。母の差別的な言動の影響もあったのだろう。僕はそういう意味では、エリート意識の強い、鼻持ちならない奴だったのだと思う。
穴倉みたいなところでジャズを聴いている人たちが、いかに人間的で、豊かで個性的な、そして優しい人たちであるかを、僕は学んだ。
もしも現役で大学に入って、教師にすんなりとなっていたら、僕はいつまでも視野狭窄の高慢教師であったかも知れない。(今でもその可能性があるという声は無視して)
そして、今は当時の仲間とはもはや会うこともないが、僕の人生ではあり得なかったような夜の生活が、人生観を変えた。
深夜まで食べ歩いて、友人の家に大勢で転がり込み、ぼろぼろのアパートで演奏会して近所の方にどなりつけられたり、ジャズ喫茶を閉めてから鍵を開けて忍び込み、どんちゃん騒ぎをしたり・・・。
それでも、人生について将来について悩みもある。
バイトしながらベイシストを目指していたTさんが、一緒にご飯食べていた時に、
「多賀君、僕ももうすぐ三十になる。いつまでもこんなことしてたらいけないことは、分かっているんだ。」
と、ぼそぼそと語った姿は忘れられない。
 Tさんは、「君も、ここに浸っていたらいけないんだよ」と、暗に教えてくれていたのかも知れない。

④ 幅のある教師

 僕が、あの夏を中心として学んだことは、結局、人生はいろいろなんだという幅であったように思う。
 そして、人は見かけだけでは何も分からないんだということも、同時に教わったのかも知れない。
 今でも、ライブハウスやジャズ喫茶に行くことがある。それはただの趣味の世界なんだけれども、ときどき、僕の人生での特別な時間のことを思い起こすために行くのかも知れない。

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