27年目

Posted By taga on 2022年1月13日

神戸では、阪神大震災の特集が組まれて
連日、少しずつだが
語られている。
全国的には、もう昔の話になってしまっている。
震災の時の自分の日記を紐解こうと思う。
「私と震災」
  ~被災地のかたはらにあって~
 ぐらぐらっとした感覚と、体が浮き上がるような気分で
目が覚めた。
一瞬、何が起こっているのかよく分からなかったが、
両側の本棚から本が雨のように降ってくるので、
飛び起きて、部屋の中ほどに立った。
というよりも、立とうとしたが、激しい揺れに身をかがめ、
机に必死でしがみついていたのである。
ー地震?!
 そのとき、ようやく事態が飲み込めた。
実際には十五秒ぐらいの出来事だったのだが、
何十分という長い時間のように思えた。
 真っ暗な中、がたがたという音。
娘の部屋に向かおうとしても、
もたれて中腰でいるのが精一杯。
 ようやく少し収まったので、隣の娘の部屋へ行った。
ー電灯がつかない。停電だ。
「知子、大丈夫か。」
「うん。本箱が倒れてきたけど。」
「じっとしてろよ。動くな。何か割れてるかもしれんからな。」
確かに、何か割れてきらりと光る。
 六年生の娘を部屋から連れ出し、下の部屋に声をかける。
「トシコ、大丈夫か。」
「だいじょうぶ。こわかったあ。」
 降りてみると、台所の食器もたくさん落ちて割れているようだ。
スリッパをはき、ヘッドランプを持ち出して、ラジカセに電池を詰めてNHKをつける。
「じいっとしていよう。もうすぐ夜が明けて明るくなる。それから片付けよう。」
「上の本棚の本も全部落ちたし、花瓶が倒れて水浸しだし、こりゃあ、今日は学校を休ませてもらおう。」
この時点では、私はまだこの地震が神戸の街をどんな目に合わせたのか、十分に認識できないでいた。

 しばらくして、電灯がつき、テレビもOKとなった。
地震の凄さを映像が語り始めたとき、電話が鳴った。
ロスアンゼルスにいる友人からだった。
「よかった。だいじょうぶか。他の友達にも連絡とって、生死を確かめているんや。」
「そんなに早くもアメリカで報道されてるのか?」
「高架が倒れてるえいぞうなんかが映っている。三宮もめちゃくちゃらしいな。」
「えっ?高架って、元町の高架下商店街か。あの辺は古いからなあ。」
「ちがう、ちがう。阪神高速の高架や。」
「えっ・・・」
 この時点でも、私は状況を正しくはつかんでいなかったのである。
ー甲南小学校は、どうなんだろう。
 テレビが次々と不思議な映像を送ってくる。
倒れるはずのないものが倒れている。
橋がない。
家々がぺしゃんこになって・・・。
 学校にあわてて連絡をとろうとしたが、
電話が全く通じない。五年生の子どもたちは?友人は?長田の親類は?・・・・・・・
何度もプッシュホンを押しては切り、押しては切り・・・。
「ただいま電話回線が混乱して、かかりにくくなっております。緊急以外の電話は、どうぞこれらの地域におかけにならないように・・・。」
そんなことを言われても、人々の温ぴが気にかかる。
子どもたちは?友人たちは?知人は?
みんな同じ気持ちで電話をかけ続けたに違いない。
日本中の人々がー。

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