授業の細かい場面でのやりとり

Posted By taga on 2011年11月17日

「ひとりひとりを大切にする授業づくり」講演

その7

◆ 授業の細かい場面でのやりとり

子ども一人一人を大切にしているかどうかは、少し授業を参観していれば、すぐに分かります。

細かい配慮が一人一人の子どもになされているかどうかです。

細やかな心配りのある授業ができているかどうか、なのです。

授業の中での細かいところを少し考えてみましょう。

例えば、手。

手にも表情があります。

僕はここまで、けっこう手を動かしながら話してきたでしょ。

手は、子どもたちにノンバーバルで語りかけるてだてです。

「がんばって。」と、声に出さなくても、手の動きだけで、その思いは伝えられます。

もちろん表情も一緒ですが。

手のひらを上に向けて、「どうぞ。」という動きを見せると、腰が浮いて立って話しやすくなります。

発表の途中で滞ったこどもには、ぎゅっとこぶしを握って、「もうひとがんばり」っていう合図を送ります。
それから、子どもは発言したら、先生には何か反応してほしいものです。

ときどき、正しい答えが出たときだけ反応する先生がいらっしゃいますが、二流ですね。

僕は小学校の教師は、一人一人の言葉に対して、何かの反応を示してあげるべきだと思っています。

僕は、マメに反応しますよ。

発言したけれど何もアクションしてもらえないなんてことは、ありません。

だから、子どもたちは、しだいに安心して発表するようになっていきます。

のびやかな教室は、一人一人への教師の励ましを基にして作られていくのです。
とんちんかんな発言をした子どもには、どうすれば良いのでしょう。

ちゃんと聞かないでそういう発言になった場合は、

「しっかり聞かないからだよ。」

と諭すこともあるでしょう。

一年生での授業を見せて頂いたときのことです。

一人の子どもが、発表しようと思って前へ出てみたが、やっぱりできないともどっていきました。

先生は、

「後で、できそうになったら、またね。」

と言うような内容のことをおっしゃいました。

そして、しばらくして、もう一度その子に機会を作られました。

ちゃんとフォローがなされていたわけです。

「後でね。」

と言ったら、後でその子にもう一度チャンスを与えなければなりません。

そうでないと、この「後でね。」という言葉は、ごまかしにすぎなくなるのです。

その子どものことを本気で考えている先生だからこそ、フォローができるのです。
小学校の子どもたちは、つたない表現をするし、中途半端な言い方もします。

それらの一つ一つを全部受け止めて、ひとこと子どもに返していくことを、授業のそのときにしていかなければなりません。

みんなそれは分かっているんです。

だのに、実際にはなかなかできていないのではありませんか。
授業を進めていくことが頭の中心にあると、できません。

余裕がなくなるからです。

どう言葉を添えてあげればよいのか、ということが分からない場合もあります。

マニュアルではありませんから、本にもなかなか書いていないです。

これは一つの技術なんです。

ただし、ハートを持った技術なんです。

子どもを大切にしていると思われる先生の授業を見に行くことです。

できれば、同じ力を持った先生と一緒に見て、解説してもらうといいです。

実物を見るのが、一番分かりやすい。

僕は、たいした教師ではありませんが、それでも、多賀先生の小ネタとして、いろんな細かいことをしているとよく言われます。

学級づくりとか、授業づくりとか、良く言われます。

いろんなマニュアル本が出ていますが、その通りにしても、みんながうまくいくわけではありません。

上越教育大の赤坂先生と、いつも話題にしているのが、「ヒドゥン・カリキュラム」のことです

隠れた手だてですね。

同じようなことをしているのに、優れた先生のクラスのようにうまくいかないのは、この「ヒドゥン・カリキュラム」が違うのです。

そのうちの一つが子どもの言葉への対応なんですね。

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