多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

神戸の本の会 16の巻

Posted By taga on 2019年8月9日

神戸の本の会。
もう16回目となる。
僕の絵本の会の原点はここにある。
ここで本を読み聞かせし始めたことが
今の僕の「読み聞かせの活動」につながっている。
毎年、箱にかになった本たちを入れていって
夏に改めて本たちを並べる。
テーマが浮かんでくる。
今年のテーマは
① 心に本を届けたい
② 人生の疑問を振り返る。
15冊以上の本たちが集まった。
子どもの教育の話からスタートした会だが
今では、大人が人生や生き方を振り返る会になっている。
教え子たちも時々参加してくる。

阪神深江の近くで昼から3時間、僕が話しっぱなし。
参加希望の方は、僕まで連絡下さい。

インクルーシブ教育

Posted By taga on 2019年7月27日

昨日は函館市の教育委員会に招かれて
「インクルーシブ教育」の話を二時間半。
終わってから、どうしても話したいと待っておられた方と
少し話をした。
ご自分にも特性がるということで
分からないことがあると悩んでおられた。
「あなただからわかることもあるでしょ。」
「先生、それは、一部の子どものことがわかるけれども
多くの子どものことがわかりにくいんですよ。」
とおっしゃった。
なるほど。
でも、考えてみれば、
逆もまた真なりで、
定型発達のものにはある方向からしか理解はできない。
だから、お互いにチームとして助けあわねばならないんだなあと
改めて思わされた。

子どもの声を聞く

Posted By taga on 2019年7月20日

子どもが音楽の時間に問題行動を起こしたというので
指導している担任と一緒に見に行った。
担任は、子どもと外に出て
話を始めた。
じっくりと聞くことから入っている。
身に付いてきたかな。
ずっと、
「まず話を聞いてあげなさい」
と言い続けてきた。
そのことの意味もよく分かってきたみたいで、うれしかった。
子どもの声を聞けるようになると、
子ども理解も深まっていく。
その子にはその子なりの思いがある。
大人から見るとおかしなことであっても、
その子なりの論理がある。
そこを聞き切ることが肝要なのだ。

東京絵本の会 8月3日

Posted By taga on 2019年7月12日

東京の日野市で『絵本の会』をします。
心を穏やかにして、いろいろと考えることのできる会です。
本のすばらしさも再認識してください。

▶︎日時 2019年8月3日(土)
▶︎時間 13:20〜16:55(受付13:00〜)
▶︎場所 東部会館2階(東京都日野市)
◆参加費 3000円
※注意事項
当日キャンセルの場合、準備の関係でキャンセル料をいただきます。ご了承ください。(当日連絡・無連絡…全額)

13:00~13:15 受付
13:20~14:00
『子どもの心に絵本を届けたい』 子供の心を灯す読み聞かせ(多賀先生)
14:10~15:10  
絵本と道徳の世界 
15:20~16:40
 『生きているということ』 人生の道標になるような本との出会い(多賀先生)

https://www.kokuchpro.com/event/0186610f12ccd4332f45394ac38da31c/?fbclid=IwAR0J8UfJJR9JyLKXA5C503V7KoFuLBTx4fzS19ChY5p4OuYIXeBOGCuhiJY

特製の弁当

Posted By taga on 2019年7月8日

四年生では『走れ』という教材に入っている。
この教材は嫌いだ。
運動会のときにお母さんが「特製のお弁当」として持ってきたのは
自分の弁当屋特製のお弁当。
販売しているものにちょっと色のついただけのお弁当。
けんじは、そのことをなじる。
けんじがほしかったのは、お店の弁当ではなく、
お母さんの手作り弁当だ。

弁当屋を経営するお母さん、
女手一人で子どもを育てているお母さん。
そのお母さんに
「こんなの特製じゃない。」
と言葉をぶつけるけんじ。

僕には痛い痛い。
僕のうちはうどん屋だったが
惣菜や仕出し、懐石などもやっていた。
運動会や遠足のときは、学校から先生方のお弁当の注文が来た。
朝早くから起きて、従業員と一緒に作っていた。
エビの鬼瓦焼き。ノリを鳴門のように入れた玉子焼き。
イカの松かさ焼き。鳥ささ身の梅紫蘇焼き。
きゅうりとうずらのゆで卵を串に刺したも、。など等。
僕の弁当はいつも先生たちと同じ弁当だった。
友達はみんなうらやましがった。
「いいなあ、多賀の弁当は豪勢で。」
「先生と一緒やもんなあ。」
でも、僕は何もうれしくなかった。
友達の弁当はわが子のためだけに作られたもの。
僕の弁当は母の手作りではない。
特製の手作りの弁当が、とてもうらやましかった。
『走れ』のけんじの言葉は五十年以上も前の僕の心の言葉だ。

一年生の潮干狩り遠足の時、
小さなアルミの弁当箱に、きゅうりしか入っていない海苔巻の弁当だった。
海の家みたいなところで簀子に座って食べた。
今でもよく覚えている。
シンプルだが、それだけが僕の母の味。
手作りの母の味。

那須備術先生

Posted By taga on 2019年6月28日

奥様からの封書に「まさか」と思ったが、
現実だった。
今年は年賀もなく、関東地区の集まりでも連絡取れないと話題になっていたから
覚悟はしていたのだけれど。
89才は大往生だけど。
だけど・・・。
那須先生との出会いは、一本の電話だった。
「多賀先生、日本作文の会で阪神大震災の特集を組むので、先生の学級通信からとらせていただいていいですか?」
丁寧なお電話だった。
那須先生が通信から選ばれたのは、
僕自身が書いたところだった。
教師自身が書くということに意味があるとおっしゃった。
それから、折に触れて交流があり、たくさんの教えをいただいた。
誰に対しても同じ姿勢の方だった。
「僕は、無茶なわがままを言う子どもは、好きじゃない。」と、はっきりおっしゃった。
しゅっとしていて格好よくて、あこがれの先生だった。
僕が甲南を辞めるということを聞かれて、
神戸まで成城の小林さんとすっとんできてくださった。
そして、僕の話を聞いて
「そういうことなら、応援するよ。」
と笑ってくださった。
ありがたかった。
湘南からすぐに来て下さったことに、心が震えた。
奥様が手書きで三枚の便せんにしたためられたことが、
那須先生のお人柄を表しているような気がする。
ご冥福をお祈りします。

「子ども中心主義」

Posted By taga on 2019年6月27日

昨日、
佐藤隆史さんとゆっくりと語り合った。
いろんな話をしたが、つまるところ、
「やっぱり、僕らは子ども中心主義だよなあ。」
というところにいきついた。
子どもをかわいいと思う。
子どもが大事に思える。
子どものことが気になる。
それでなくっちゃ。

それだから、子どもをよく見るんだ。
子どもの反応を考えるんだ。
そうすると、たくさんのことが分かってくる。

勉強がどう、学習方法がどう、
働き方がどう、管理職がどう、
本を出すかどうか、登壇するかどうか、
そんなことよりも、子ども中心かどうかが、
一番大事だと、心底思えるかどうかではないか。

絵本で子ども理解を

Posted By taga on 2019年6月12日

絵本の世界では多少デフォルメはされているが
子どもの姿が描かれている。
ここから大人が学ぶことは多い。
今日はそんな話をしに、
尼崎の学校へ。
幼保小連係の大会。

パワハラはいじめと同じ構造

Posted By taga on 2019年6月4日

パワハラ
ここ数年、パワハラ案件が多数
僕の耳に届いている。
パワハラ加害者の論理は、こうだ。
「本人(被害者)にも問題がある。」
「コミュニケーション不足だった。」
根本的に、分かっていない。
というよりも、
加害者側の常套句なのだ。
パワハラは、理由があれば仕方ないという類いのものではない。
そして、犯罪にもなり得るものだ。
この感覚は、いじめ案件に似ている。
いじめの加害者たちは、一様に
「被害者にも問題がある。」
「ふざけていたつもりだったけど、コミュニケーション不足だった。」
というようなことを言う。
パワハラを容認する教師集団に
いじめへの思いを語る資格はない。
大切なのは、
思いに寄り添うということじゃないかなあ。
どちらも人権問題であり、
大切なのは、教師というよりも、
人間としての立ち位置だ。

どちらの教師になるのか

Posted By taga on 2019年5月28日

熱心な教師には2種類ある。
A 優れた先生
  野心を持ち、上昇志向が強い。
  自分のしていることに自信を持っている。
  他者を見下す傾向がある。
  自己実現のためだけに教師をしている。
  自分の眼中にない教師を相手にしない。

B いい先生
  こつこつと地道に学ぶ。
  自信のないことを学ぼうとする。
  他者に敬意を持つ。
  子ども中心主義である。
  誰とでも交流しようとする。

僕自身はAをめざしていた頃があるから
Aを否定はしない。
でも今は優れた先生よりは
いい先生を育てたいと思っている。