多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

恣意的だが意図的ではない?

Posted By taga on 2018年10月23日

この国はどうなるんだろうか。
官庁での障碍者雇用のごまかし水増しについての報告。
「意図的」は目的があったが「恣意的」は思い付きだから
悪意はなかったと言いたいのか。
障碍者雇用の法律ができ、
それを真っ先に遵守しなければならない官公庁では
思い付きで行政をしていたというのか。
「うちらはそんなにいいかげんでんねん。」
と言っているわけだ。
最高の頭脳を結集した官僚たちの一番上の人たちは
思い付きでいいかげんなことをしていると
自ら言うのだ。
語るに落ちるというのはこういうことだ。
「矜持」という言葉はどこへ行ったのだろうか。

素敵な女子高生

Posted By taga on 2018年10月13日

早朝の愛犬さんぽほしていたとき。
こちらに向かって、駅に向かう女子高生が歩いてきた。
突然立ち止まったので
「ん?」
と見ていたら、
道路わきのゴミステーションに近づいた。
そこには、カラスよけのためのネットから
全部はみ出しているゴミが捨ててあった。
女子高生は、そこに近づくと、ゴミを持ち上げてネットの中にしまい込んで
ネットのはしをしっかりと地面につけた。
そして、そのまま何事もなかったかのように、
歩き去った。
てらいもためらいもないさりげない動作が素敵だった。
朝からいいものを見た。

「偲ぶ」とは文字通り

Posted By taga on 2018年9月25日

「偲ぶ」というのは、
文字通り人を思うことである。

『泣きすぎてはいけない』内田麟太郎 文 たかすかずみ 絵

これは大人が読む絵本。
以前、伊丹の小学校でPTA講演をさせていただいたとき、
この絵本を読んだ。

前の方に座っていらっしゃったおばあさんとその娘さん。
講演後、涙を浮かべて話しかけてこられた。
「この間亡くなった主人が
この絵本のおじいさんと同じような人だったんです。
思い出しました。
ありがとうございます。
この絵本を探して買います。」

偲ぶことによって
心の中に亡くした人の部屋をつくるということ。
いつでも、その部屋へ行けば
静かに出会える。
彼岸過ぎだからこその一冊。

発想の転換…『次郎物語』

Posted By taga on 2018年9月20日

人は蛸壺的思考に入り込むことがある。
いったん、そういうところに落ち込むと、
自力ではなかなか抜けられない。
周りのすべてが自分にとってのマイナスに感じてしまう。
みんなが敵対しているような気になってしまう。
僕は小学生の時にそんな蛸壺に入り込んだ。
そのとき、
下村湖人の『次郎物語』が光をくれた。
主人公の次郎は、三人の兄弟の中で自分だけが一時里子に出されていた。
それでいじけていた上に
祖母から露骨な兄弟差別を受けて
さらにかたくなな子どもになっていた。
しかし、あるとき、気づくのだ。
母は愛してくれている。
父も信じられる。
兄も弟として大事にしてくれるし、弟は慕ってくれる。
里親のはまも、その娘も自分の支持者だ。
信頼できる友人もいる。
つまり、自分の不幸の原因は祖母だけだったと。
すると、呪いがとけるように目の前が明るくなった。
祖母に対しても、哀しい人だと見られるようになった。
この本を読んだとき、僕にも変化が起こった。
蛸壺の外をきちんと見ればいいんだと。

ときどき行き詰まる子どもが出てくる。
そんなときには、僕は子どもたちに数えさせる。
「あなたのお母さんはあなたをどう思っているのかな?
 お父さんは?
 先生【僕】は?
 【親しい子どもの名前をあげて】〇〇さんは?・・・。」
そうやって、自分の周りには自分のことを思ってくれる人間が何人もいることに気付かせる。
人はときどき蛸壺的思考にはまる。
蛸壺は割ればいいんだ。

12月26日 国語の授業対決します

Posted By taga on 2018年9月10日

国語の授業を模索する二人で「授業対決」と称して、具体的な模擬授業を示します。
授業のモデルがよく分からないという声を聞きます。
物語文、説明文の模擬授業をじっくりと体験して考え合う会です。
時程 
10時~10時40分 物語文 多賀  
10時50分~11時30分 物語文 佐藤  
11時40分~12時10分 物語文の授業を考える 多賀 佐藤

1時10分~1時50分 説明文 多賀  
2時~2時40分 説明文 佐藤
2時50分から3時20分 アクティブ・ラーニング時代に必要な授業技術 多賀
3時30分~4時00分 振り返りとグループ対話 4時~4時10分 シェア
4時10分~4時40分 フロアーを受けて対談 多賀 佐藤
参加費 3000円 
懇親会 近場で 人数20人まで
※ 内容は一部変更する場合もあります。

■ 申し込みは、下記から

https://www.kokuchpro.com/event/67920acb1a6c560b5212de00b1272d42/

今年も本の会を神戸で

Posted By taga on 2018年8月15日

恒例の本の会も14回目
毎年、このときのために箱にためておいた本たちを取り出してきて
テーマを考えていく。
不思議とテーマがつづられていくものだ。
阪神深江駅の近くの深江会館で昼の1時から。
僕に声をかけて下さればどなたでも参加できます。

「生きているということ」
①よりそうということ
②願うということ
③問いかけること
④不思議を信じること
⑤物語が物語を生むということ
⑥別れと出逢いがあるということ
⑦答えはないということ
⑧怖いこともあるということ
⑨人間は複雑だということ
⑩夢を見るということ
⑪排除するということ
⑫言葉を大切にするということ
⑬かけあう、分けあうということ

「魅力ある教師でいるために」

Posted By taga on 2018年8月11日

9月1日、
福岡で中村健一さんとセミナー。
二人会は久しぶり。
昼から参加もOK。
新学期のスタートにいろいろ充電しよう。

申し込みは下記から。

https://www.kokuchpro.com/event/7a67ad5d941ff00569a718c5b25e7909/

力を残さない

Posted By taga on 2018年8月4日

高校の陸上部の会報が届いた。
同期の友人、森茂伸くんの文章が載っていた。
そこに当時の陸上部顧問、谷川あぐり先生のお言葉をあげていた。
久しぶりに思い出した。
「ラストスパートまでに力を残したらあかん。
ラストのことを考えずにいけるとこまでいくんや。
そしてラストはもがきにもがく。
それが昨日より少しでも強くなる秘訣や。」

そうだった。
長田の陸上部はペース配分なんて考えずに
いけるところまでいってから、もがくんだった。
400mのラストは、いつも「けつわれ」という状態だった。
最後の直線には余裕がなく、
酸欠状態だった。
余裕でゴールを流したことなんてない。

生き方かあ。
僕らは生き方を学んでいたんだなあ。

人生のゴールに向かって、
僕は今をもがく。
最近いろいろと考え事をしていて
悩み落ち込んでいた。
しかし、そんなこと考えずに、もっともがこうかな。

お門違い

Posted By taga on 2018年7月23日

若い人に
「お門違い」だと言われた。
全く面識のない人間が
僕のFacebookの投稿に対してのコメント。

どんな考え方を持とうとその人の勝手だが、
物事には筋道がある。
倍以上もの年上に対して
その物言いは失礼であろう。
しかも、公の投稿に対してである。
僕は若手には寛容な方だと思う。
言葉遣いも大して気には止めない。
ため口でもいい。
しかし、これは論外。
知りもしない人間から上から目線で言われる筋合いはない。
それこそ、お門違いである。

『孫子に学ぶ教育の極意』

Posted By taga on 2018年7月14日

この本は、書いていて学ぶことが多かった。
教育というものを孫子の兵法という視点からに読み解いていくと
新たな学びと言うものもいくつかあった。
自分では価値のある一冊になったと思っている。
一部紹介する。
「① 教育とつながる孫子の精神
戦わずに勝つ

      「百戦百勝ハ善ノ善ナルモノニアラズ」

 「孫子」では戦わずに勝つことを最善の策と考えていました。
百回戦って百回勝ったとしても得策ではない、戦わないで敵を降伏させることこそが一番なのではないかと問いかけています。
 若い教師はすぐに戦いたがるものです。
僕自身がそうでしたから、あまり偉そうには申せませんが、勝負して勝つことに酔ってしまうのです。

 ある若手の教師が個人面談から職員室に戻ってきました。そして、こう言い放ちました。
「ばっちり言いたいことを言ってやりました。親はぐうの音も出ませんでしたよ。すっきりしました。」
子どもの問題行動について、保護者に具体例を突き付けてぼろくそにけなしたのです。
彼の顔には勝利の喜びが浮かんでいました。

 僕はそれを聞きながら恐ろしくなりました。その後のことを考えてしまったのです。
 懇談から帰った保護者は、わが子にどんな対応をしたのでしょうか?落ち着いてじっくりと語り合えたのでしょうか?
その子どもは立ち直るきっかけを持つことができたのでしょうか?
 確かなことは分かりませんが、完膚なきまでに保護者をやっつけてしまって、
その結果が良かった等ということは、僕には一度もありませんでした。
 若い頃は、保護者になめられたくないという気持ちが強いものです。
よけいな戦いを挑んで勝とうとする気持ちが強くなるのはよく分かります。
けれども、保護者と戦うことで教育者としてプラスになることは何一つないのです。
(ただし、強烈なモンスター・ペアラントについては、戦うべきときもあります。)先生への恨みだけが残るかも知れません。

 では、どうすれば戦わずに勝てるのでしょうか。具体的には第三章の「対保護者」のところで述べることにします。