多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

40年ぶりに

Posted By taga on 2019年2月23日

大学のゼミの後輩が校長をしている大阪市の公立小学校へ二度目の訪問。
国語の群読の授業と
学級開きの話をした。

大学を卒業して40年近く、
それまでほとんど交流はなかったが
時を越えて、再び教師教育のために力を合わせられる。

僕らは教育衛生という特殊なゼミ。
ベーシックのコンピューター・プログラムを学んだり、
ネコの頭に電極を刺しこんだり、
いろんなことをしていた。
僕の卒論テーマは「『養生訓』における現代的医療とのかかわり」だったと思う。
思うというのは、手書きの卒論だったので、手元には何も残っていないから。

青春時代のつながりというものは、
時を越えてもどこか信頼がある。

不適切投稿

Posted By taga on 2019年2月13日

ここ数日、SNSの不適切投稿が
たくさん問題になっている。
この若者たちは、きちんとしたネチケット教育を受けてきたのだろうか。

未だにそういう考えの方が学校現場には多いのだが
「子供に持たせるべきではないのだから、携帯は全て禁止。
学校で使い方を指導するなんて、よけいな刺激を与えるだけだ。」
ということで、禁止することだけしか考えなかった。
その結果、全くネチケットを学ばずしてスマホを手にした世代が
不適切投稿の主役になってはいないのか。
彼らに聞いてみたい、小中でネチケット教育を受けてきましたかと。

いまや、幼児ですらスマホをいじっている時代だ。
禁止するだけというのは、指導放棄ではないだろうか。

秋田のなまはげは子どもたちにとって恐怖らしいが
効果は抜群らしい。
怖いからだ。
怖さを知らない人間というのが、
一番くだらないことをする。
ネチケット教育は早期がいい。
徹底して、ライン等のSNSの危険性を教えるべきだ。
犯罪になり、逮捕や賠償までの問題があること。
軽い気持ちで投稿したために、就職が取り消され、結婚もダメになることがあること。
事実を示して、怖さを伝えてから、正しい使い方を教える。

もちろん、いくら早期教育していっても
ごく一部は、馬鹿なことをするだろう。
それは、どんなに道徳教育をしても愚かな犯罪が減らないのと同じことで
ごく一部には教育だけではどうにもならないことがある。
でも、今回の投稿者が一度もネチケット教育を受けてこなかったとしたら、
学校にも責任はある。

若気の至り

Posted By taga on 2019年2月12日

若いうちは、知らないことがたくさんあり、
しかも、そのことになかなか気づけない。
一種類の本を読んでいると、
それが全てであるように思ってしまう。
そういうものだ。
実際にいろいろな子どもたちに出会い
さまざまな家庭と接して
教育の奥深さを知っていった人は、
苦しむことは増えるけれども、謙虚になっていく。
そうやって、若者は成長していくものだ。

成長が途中で止まる人たちをたくさん見てきた。
ほとんどが、他人の言葉に耳を貸さないタイプだ。
自分の主張で相手を言い負かすことに快感を覚えてしまう人だ。
全能感は半端ない。
見えない人には目の前にあるものすら、ちゃんと見えない。
とは言っても、若者には失敗する権利がある、と僕は思っているから
そこは寛容。

でも、いい歳にもなり
大学の先生などと、それなりに地位もある人間が
そういうレベルのくだらないことを発信しているのを見ると
辟易してしまう。
その中身のないアジテーションのような言葉に乗せられた若者が
狂信者になる。
子どもをつぶし、学校で浮いていく。
害悪は計り知れない。

子どもはあたためよう

Posted By taga on 2019年2月11日

子どもに対して躾と称しての暴力が後を絶たない。
暴言、放置、虐待。
これは実は、今に始まったことではない。
昔はそれらが正当化されていたことと
子どもの耐性が強かっただけに他ならない。
『巨人の星』の星一徹は
今なら逮捕されるレベルのDV親父だ。
当時の社会は成果が上がれば
それらは全て「愛の鞭」として容認されていた
いや。
賞賛されていた。
この呪縛から抜け出せていない。
明石市の市長の擁護が後を絶たないのは、その典型だ。
結果と目的が良ければ手段は少しくらい悪くてもいいじゃないか、という言質。
これが未だに教育現場や家庭教育でもときどき力を発揮する。
もう、止めないか、こんなこと。

子どもには冷水を浴びせるものではない。
あたためて愛に包んで育てるべきだ。
躾するなら、親や教師みずからも美しく教育すべきだ。
「躾」とは「身を美しく」することだ。
暴言や暴行は美しくない。

5月5日、廣木さんをお迎えして

Posted By taga on 2019年2月9日

■きれいごと抜きのインクルーシブ教育⑶
 連休の後半、5月5日です。
 インクルーシブ教育で最大の問題となるのは、発達障碍の子どもたちが学級という枠の中でうまく生活しにくいということです。
特にパニックになったり他者への迷惑行為があったりすると、教師もどうしていいか分からなくなります。
また、ご家庭やおうちでも、そうした行為への対応が難しいということも聞きます。
そういう子どもたち思いを捉え直して、具体的にどのようなてだてがあるかを考える会です。
今回は子どものパニック行動に対する対応の仕方について具体的なてだてを各地で講演しておられる廣木道心さんの新著出版記念もかねて、
話していただきます。南惠介、多賀の三人で濃く語りたいと考えています。

■ 日時 2019年5月5日
 13時半~14時 オープニングと「今、学校で問題となっていること」多賀
 14時10分~14時50分 「インクルーシブな学級の作り方」南
 15時~16時20分 「自傷・他害・パニックは防げるか」廣木
 16時20分~16時40分 三人でのトークでさらに深める

■ 場所 神戸三宮コンベンションセンター 507  兵庫県神戸市中央区磯辺通2-2-10 ワンノットトレーズビル5F
■ 参加費 2000円
■ 懇親会 三宮の近くで。参加費は4000円
■ 廣木道心
護道 宗家/護道介助法 創始者/介護福祉士/訪問介護員/移動介護従事者/医療福祉専門学校 講師/DTPデザイナー
/2児の父。自閉症で知的障がいがある息子から様々な学びを得る日々を過ごしています。 

※ 申し込みは下記から
 https://www.kokuchpro.com/event/a6af9a3b25e53d86f6d21ceb7897c1a1/

DVは複雑

Posted By taga on 2019年2月5日

DVの問題について
今は殺された小5の少女のことが
話題になっている。
哀しく辛い事件ではあるが
関係者は止められた案件だと思う。
この父親は鬼畜ともいうべき男で
命だけはなんとか守ってほしかったと思う。
亡くなった子どもの無念を思う。
生きたかっただろうに。
こういう鬼畜はDVに対して自分なりの「正当な?」意見を持っている。
躾だとか。
言うことを聞かないから罰を与えたとか。
こうしないと分からないやつだとか。
パワハラと同じ構造である。
理由は関係なく、行為に目を向けなければならない。

それはさておき、
児童相談所を攻撃しているが、
児相はほんと手いっぱいだというところにも
もっと焦点を当てるべきだ。
毎日のんびりとしている閑職で
さぼっていたわけではないだろう。
案件の連絡齟齬が生じるのは、
あまりにも少ない人数で多くの案件に対応しているからということにも
焦点をあてるべきだ。
そして、どれほど多くの子どもたちが救われているかという事実を知るべきだ。
僕はDVで親から離された施設に何度か話に行っている。
親からDVを受けて話された子どもたちは、ブラックホールのようになっていて
若い職員はそれに呑みこまれて
自身もブラックに陥っていくことがある。
親から離したら、即、幸せになるというものでもないのだ。
だから、児相は何でもかんでも隔離には走らない面もある。
命は守らなければならない。当然のことだ。
だけど、無責任に攻撃だけしていても、何も進展しない。

笑いのある授業

Posted By taga on 2019年1月31日

公立小で、3年目の若手の研究授業。
何よりも子どもたちとのやりとりがおもしろい。
見かけは体育会系だけれども
穏やかで明るい話し方に子どもたちとのコミュニケーションが成立している。
くだらない冗談で子どもたちの緊張を解こうとして失敗。
そこを笑顔の子どもたちが突っ込んでくる。
そういうムードが子ども同士の協同学習につながっている。
前日、職員室でドラえもんの物まねを練習していたというが
こういう授業に直接つながらないくだらないことを一生懸命するというのは
僕は大事だと思っている。

ダメだしするところもたくさんあるのだが
一番大事なところができているから
授業の完成度よりも
子どもは力をつけていく。
そんなものだ、授業って。
そういう点を認めると
「多賀先生はいつも僕にやさしいです。」
と言うが、
教材研究不足や考えの至らないところは指摘している。
でも、授業は子どもたちと先生、子どもたち同士の関係性が
一番なのだ。
やさしいのではなくて、認めているということだ。

ダレてきていると思うのですが

Posted By taga on 2019年1月24日

指導に行っている学校では
校長室に何人かの先生方がやってきて
いろいろなことをたずねてくる。
「この頃、子どもたちがだれてきているような気がして・・・。
どうすればいいですか。」
この時期によくある悩みだ。
「四月から考えて、子どもたちは成長していませんか?
もう少し成長させてあげたいという親心で
ついハードルを上げると失敗しますよ。」
「三学期はこれまでの子どもの成長を子どもたち自身に実感させてあげることが大切です。
それ以上伸ばしてやりたいと思うのは当たり前ですが
その愛情が子どもにとって負担になることがありますよ。
『いクラスだったねえ。』
で終わるのがいいんじゃないですか。
だいたい、三学期に急に伸びるなんて、ないですよ。」
等と話したが、
この時期によくある話。
ハードルを上げないということが3学期の基本だ。

怒りを持て

Posted By taga on 2019年1月21日

いじめの案件が出るたびに
僕にはふつふつと怒りが湧き上がる。
いじめに対応するには、
冷静で
加害者のことも考えて
最も良い方法を・・・
なんて、僕にはできない。
今までもできなかったし、
これからもだ。
ともかく、いじめには怒りを持ってすべし。

いじめは被害者と家族の人生をぼろぼろにするんだ。
そして、いじめた人間たちは、
のうのうとそれからの人生を楽しく謳歌する。
そういうことなんだ、いじめは。
僕はいじめの案件が起こったときに
怒らない若者にも腹が立つ。
上司の文句なら言うけれども、
いじめには沈黙しているというようなことはないのか。

ただ、怒りに流されると
恨みはかうけどね。

匿名の投稿は卑劣

Posted By taga on 2019年1月19日

『絵本を使った道徳授業の進め方』について
アマゾンの書評のところに
匿名でひどいコメントが書いてあった。
本にするということは、人に問うということだから
批判は大いにけっこう。
公に反論もできる。
しかし、匿名って卑怯だね。
「こんな先生は嫌だ!」
子どもに絵本を使った道徳の授業を薦めたら
嫌だというわけだね。
では、全国の全ての道徳の教科書に
絵本は使われているのだから、
全国の先生は全て「嫌な」先生ということかな。
「児童文学の勉強を一からやり直してください。」
どれだけ立派な学者さんか知らないが
公に批判するなら、少なくとも匿名では説得力はない。
この方がどれだけ児童文学に精通しておられるのかは知らないが、
学者ではないだろう。

「○○の本を勧めている点だけ見て、読む価値のない本と判断しました。」
ということは、読まないで書評を書くという
最低のマナーのない人間だと分かる。

そして、出た!
「そのような授業は、児童を読書嫌いにさせる悪手です。」
何のエビデンスもない、ただのいちゃもんでしかない。
匿名って、なんか英雄にでもなったような気持ちにさせるんだろうなあ。

その人がそう考えるのは勝手だ。
僕らには信念と子どもの事実とから語っているのだ。
卑怯な輩にとやかく言われる筋合いはない。