多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

かわいい子どもたち

Posted By taga on 2018年11月15日

高学年ばかり担任していたので
初めて一年二年と持ち上がったベテランの先生。
いつもにこにこしている。
僕が
「先生、いつも楽しそうですね。」
と言うと、
「いやあ、先生。ほんまに毎日かが幸せですわ。
この子たちのためなら、なんだってできるという心境です。」
と言われた。

高学年の子どもたちへの愛情だって、変わらない。
だけども、
どうしても高学年の担任ばかりしていると
心がすそんでくることがある。
今どきの進学校の高学年は、しんどいということだ。
きれいごとではない。
いかに愛していても、しんどいときがあるのだ。

ときどき、低学年担任して
小学校教育の原点を再認識してほしい。

11月の荒れは本当にある

Posted By taga on 2018年11月1日

11月の少し前から、高学年を中心に
教室がしだいにうまくいかなくなっているという声を聞く。
昨日行った学校では、校長が僕の本を買って
5,6年の担任の机に置いてくださった。

『多賀一郎の荒れない教室の作り方―「5年生11月問題」を乗り越える』(黎明書房)

11月の荒れは都市伝説ではない。
その起こるメカニズムもある。
今、なすべきことは、
子どもの声を聞くこと。
子どもが教師の声を聞かなくなって
なんとか聞かせようと必死になればなるほど
子どもたちは離れていく。
聞かなくなったら、子どもの声を聞かないといけない。
どうしたの?
何を求めているの?
子どもから聞き切らないと
聞いてはもらえない。

40年前・・・

Posted By taga on 2018年10月28日

明日の昼から、大阪の大国小学校へ行く。
国語の授業を見せて
90分の講演。
岡田校長に呼ばれたものだ。
岡田先生は、僕の大学の教育衛生学専修の後輩だ。
卒業以来出会うのは初めてだが、
昔のつながりは、お互いに安心感を生む。

教育衛生学は、とても特殊な学科だった。
大脳生理学や当時は出たてのコンピューターのベーシック研究など、
変わったことを学んでいた。
僕は、佐守信夫先生にあこがれて教育衛生の門を叩いた。
博学で品があり、医学博士で保健学会の理事長だったかな。
教育衛生学は、教育を心理学ではなく、教育を生理学的にとらえるものだった。
その学びは今の自分の考え方のベースになっている。

でも、学問の学びよりも、在り方に魅かれたんだった。
我々が卒業の時に佐守先生もご卒業。
六甲山ホテルで洋食のフルコースをご馳走になった。
海老のアプリケーヌ・ソースだったかなあ。
貧乏学生の僕らには、由緒あるホテルでの食事は鮮明な思いでとなった。
卒業後、一度だけお宅へお邪魔したことがある。
壁一面の本棚の書斎。
その前に座られて
僕らに出したティー・カップとは違うミントンのカップで紅茶を。
そんなのにあこがれて、
僕の書斎は壁一面が本棚で
ミントンのカップでお茶を飲む。

恣意的だが意図的ではない?

Posted By taga on 2018年10月23日

この国はどうなるんだろうか。
官庁での障碍者雇用のごまかし水増しについての報告。
「意図的」は目的があったが「恣意的」は思い付きだから
悪意はなかったと言いたいのか。
障碍者雇用の法律ができ、
それを真っ先に遵守しなければならない官公庁では
思い付きで行政をしていたというのか。
「うちらはそんなにいいかげんでんねん。」
と言っているわけだ。
最高の頭脳を結集した官僚たちの一番上の人たちは
思い付きでいいかげんなことをしていると
自ら言うのだ。
語るに落ちるというのはこういうことだ。
「矜持」という言葉はどこへ行ったのだろうか。

素敵な女子高生

Posted By taga on 2018年10月13日

早朝の愛犬さんぽほしていたとき。
こちらに向かって、駅に向かう女子高生が歩いてきた。
突然立ち止まったので
「ん?」
と見ていたら、
道路わきのゴミステーションに近づいた。
そこには、カラスよけのためのネットから
全部はみ出しているゴミが捨ててあった。
女子高生は、そこに近づくと、ゴミを持ち上げてネットの中にしまい込んで
ネットのはしをしっかりと地面につけた。
そして、そのまま何事もなかったかのように、
歩き去った。
てらいもためらいもないさりげない動作が素敵だった。
朝からいいものを見た。

「偲ぶ」とは文字通り

Posted By taga on 2018年9月25日

「偲ぶ」というのは、
文字通り人を思うことである。

『泣きすぎてはいけない』内田麟太郎 文 たかすかずみ 絵

これは大人が読む絵本。
以前、伊丹の小学校でPTA講演をさせていただいたとき、
この絵本を読んだ。

前の方に座っていらっしゃったおばあさんとその娘さん。
講演後、涙を浮かべて話しかけてこられた。
「この間亡くなった主人が
この絵本のおじいさんと同じような人だったんです。
思い出しました。
ありがとうございます。
この絵本を探して買います。」

偲ぶことによって
心の中に亡くした人の部屋をつくるということ。
いつでも、その部屋へ行けば
静かに出会える。
彼岸過ぎだからこその一冊。

発想の転換…『次郎物語』

Posted By taga on 2018年9月20日

人は蛸壺的思考に入り込むことがある。
いったん、そういうところに落ち込むと、
自力ではなかなか抜けられない。
周りのすべてが自分にとってのマイナスに感じてしまう。
みんなが敵対しているような気になってしまう。
僕は小学生の時にそんな蛸壺に入り込んだ。
そのとき、
下村湖人の『次郎物語』が光をくれた。
主人公の次郎は、三人の兄弟の中で自分だけが一時里子に出されていた。
それでいじけていた上に
祖母から露骨な兄弟差別を受けて
さらにかたくなな子どもになっていた。
しかし、あるとき、気づくのだ。
母は愛してくれている。
父も信じられる。
兄も弟として大事にしてくれるし、弟は慕ってくれる。
里親のはまも、その娘も自分の支持者だ。
信頼できる友人もいる。
つまり、自分の不幸の原因は祖母だけだったと。
すると、呪いがとけるように目の前が明るくなった。
祖母に対しても、哀しい人だと見られるようになった。
この本を読んだとき、僕にも変化が起こった。
蛸壺の外をきちんと見ればいいんだと。

ときどき行き詰まる子どもが出てくる。
そんなときには、僕は子どもたちに数えさせる。
「あなたのお母さんはあなたをどう思っているのかな?
 お父さんは?
 先生【僕】は?
 【親しい子どもの名前をあげて】〇〇さんは?・・・。」
そうやって、自分の周りには自分のことを思ってくれる人間が何人もいることに気付かせる。
人はときどき蛸壺的思考にはまる。
蛸壺は割ればいいんだ。

12月26日 国語の授業対決します

Posted By taga on 2018年9月10日

国語の授業を模索する二人で「授業対決」と称して、具体的な模擬授業を示します。
授業のモデルがよく分からないという声を聞きます。
物語文、説明文の模擬授業をじっくりと体験して考え合う会です。
時程 
10時~10時40分 物語文 多賀  
10時50分~11時30分 物語文 佐藤  
11時40分~12時10分 物語文の授業を考える 多賀 佐藤

1時10分~1時50分 説明文 多賀  
2時~2時40分 説明文 佐藤
2時50分から3時20分 アクティブ・ラーニング時代に必要な授業技術 多賀
3時30分~4時00分 振り返りとグループ対話 4時~4時10分 シェア
4時10分~4時40分 フロアーを受けて対談 多賀 佐藤
参加費 3000円 
懇親会 近場で 人数20人まで
※ 内容は一部変更する場合もあります。

■ 申し込みは、下記から

https://www.kokuchpro.com/event/67920acb1a6c560b5212de00b1272d42/

今年も本の会を神戸で

Posted By taga on 2018年8月15日

恒例の本の会も14回目
毎年、このときのために箱にためておいた本たちを取り出してきて
テーマを考えていく。
不思議とテーマがつづられていくものだ。
阪神深江駅の近くの深江会館で昼の1時から。
僕に声をかけて下さればどなたでも参加できます。

「生きているということ」
①よりそうということ
②願うということ
③問いかけること
④不思議を信じること
⑤物語が物語を生むということ
⑥別れと出逢いがあるということ
⑦答えはないということ
⑧怖いこともあるということ
⑨人間は複雑だということ
⑩夢を見るということ
⑪排除するということ
⑫言葉を大切にするということ
⑬かけあう、分けあうということ

「魅力ある教師でいるために」

Posted By taga on 2018年8月11日

9月1日、
福岡で中村健一さんとセミナー。
二人会は久しぶり。
昼から参加もOK。
新学期のスタートにいろいろ充電しよう。

申し込みは下記から。

https://www.kokuchpro.com/event/7a67ad5d941ff00569a718c5b25e7909/