多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

悪意のシャワー

Posted By taga on 2018年12月16日

エリザベスサンダーホームを設立し、自らも園長をされた、
沢田美喜さん。
親からも見捨てられ、
一歩外に出るとひどい差別を受ける混血孤児たちを守るため、
彼らを外の世界から隔離した。
悪意や敵視を受けるならば、それらから隔絶して生活させることで
子どもたちの心を守った。
孤児たちには厳しい方だったと言われるが
「ママ」と呼ばれて慕われていたそうだ。
悪意にさらされるならば、
そこから離れた方がいい。
その決意の深さを、最近思うことがある。

特異な行動をとる子どもたちに対して
大人たちが監視をするときがある。
学校では仕方ない面もあるのだが、
怖い目付きで監視をするのは悪意のシャワーにならないのだろうか。
難しいことであり、綺麗事に聞こえるかも知れないが、
愛でつつまないと人は育たないのではないかなあ。

仙台親塾 2月です。

Posted By taga on 2018年12月9日

仙台親塾、次回は2月20日【水】です。
「学校での新しい課題や疑問を、こう考えよう」
ということで、なんだかよく分からない今の学校、これからの学校のこと。
アクティブ・ラーニング。
道徳、英語、プログラミング教育。
外国人問題。
多くの方がここ数年で不安に思う中学での自殺案件には、親としてどう対していくか等。
さまざまな問題にアドバイスできればと考えています。
申し込みは下記から。

https://www.kokuchpro.com/event/9255089a5b062dea4be3e0bf72ab22ba/

広島での授業 2

Posted By taga on 2018年12月6日

今回のポイントは「群読」だった。
そこに入る前に授業計画を一部変更した。
子どもたちの音読のスピードが思ったよりもゆっくりしすぎていたからだ。
急遽、予定変更して、「僕の後に同じスピードで同じ所を読む。」という活動を入れた。
このリズムで読まさないと、教材の力が出てこないから。

さて、32人を8人ずつ4つに分けて「群読設計図」に書き込んで
誰がどこを読むかを決めていく。
子どもたちの実態が分からないから、正直不安だったが、
子どもたちはちゃんと話し合っていく。
ここしばらく投げ込み授業をして感じていることがある。
子ども一人一人への事情や特性を知らないで
授業をするのだけれども、
テンポとムードで「あの子」も動いていくことが多い。
「あの子が初めて発言したのを見ました」
ということが起こるのは
僕が斟酌も忖度も配慮もせず
なんの先入観もないからだと思う。
つまり、こちらで子どもを規定せずに「やらせてしまう」ことで
「やってしまう」ということが起こることもあるということだ。
投げ込みだからこそ、できることがあるということだ。
担任の若い先生は
「正直、嫉妬しました。」
と言っていたが、彼が話し合うベースをつくっていたからこそ、できたことだと思う。

最後にグループ別に群読の発表と評価をしていった。
担任の先生が
「ふだんは一人で読むなんて考えられないのに、〇〇くんがちゃんと読んでいたこと。
あんな笑顔を見たことがなかったので、絶対にあの笑顔を忘れません。
僕があいう笑顔にできるようにがんばります。」
と言う。
「△△君との関係がよくなかったのですが、
僕が勝手に彼の可能性をうばっていたんだなあと思わされました。」
とも言っていた。
こんなふうに子どもたちを見てくだされば、
授業をしたかいがあるというものだ。
明日から毎日、『お経』をするんだろうなあ。

広島での授業 ①

Posted By taga on 2018年12月5日

広島の比治山小学校の3年生に
授業をさせていただいた。
『夕日がせなかをおしてくる』をという指定があった。
苦手な教材だったけれども、これを良い機会だと
一から教材研究して臨んた。

スタートは自己紹介からの早口言葉
「生麦生米生卵」を見た瞬間、子どもたちは
「なあんだ、そんなのちょろいよ。」という反応。
言われてみると、確かにすらすら。
「甘いな。そんな程度じゃすまないよ。」
と言って
「七生麦 七生米 七生卵」を出すと、とたんに「エーッ」という反応。
ここから、急に子どもたちがのってくる。
続いて「赤カピバラ 黄カピバラ 茶カピバラ」が出てくると楽しそうに失敗している。
そして、「キャロライン チャロンプロップ キャリーパミュパミュ」で
最高に盛り上がる。
これでつかみはOK。
『なんでやねん』絵本で「なんでやねん」の練習。
動作化も入れて、リラックスは完璧。
そこで、坂田寛夫の『お経』を配る。
楽しそうに読む子どもたち。
「お経と言えば、何がいるかな?」
と言って、トライアングルと木魚を取り出すと、
最高潮。
ポクポク・・・チーンを入れて『お経』の音読。
もっとやりたそうな子どもたちに
じゃあ、これは君たちにしばらく貸してあげるから、明日から先生と一緒にやってね。」
と言って、
「同じ作者の阪田寛夫さんの『夕日がせなかをおしてくる』を読みますよ。」
と、タイトルを板書した。
ここまでで20分。

ブラック・ママ

Posted By taga on 2018年12月3日

悪質な企業では、
社員に対して圧倒的な力の差を背景に
不平等な契約を結ばせる。
・成果をあげなければ、給与の減額。
・辞めるときは三か月分の給与返上。
等といった約束を強いられる。
社員の方は、立場が弱いために
仕方なく不平等な契約を
心ならずも結んでしまう。
そして、そのことで苦しめられる。
これを「ブラック企業」と言う。

保護者は子どもに対して、ときどき
「この前約束したでしょ!」
「絶対にしないと、約束したよね。」
等と言うことを言う。
これは、圧倒的な力の差をバックにして
「約束」と言う言葉で不平等な文言を取り付けているだけだ。
「約束」は対等の立場でこそ、成り立つ。
「約束」を無理やり結ばされる子どもたちの思いはかき消されている。
これを「ブラック・ママ」と言う。

かわいい子どもたち

Posted By taga on 2018年11月15日

高学年ばかり担任していたので
初めて一年二年と持ち上がったベテランの先生。
いつもにこにこしている。
僕が
「先生、いつも楽しそうですね。」
と言うと、
「いやあ、先生。ほんまに毎日かが幸せですわ。
この子たちのためなら、なんだってできるという心境です。」
と言われた。

高学年の子どもたちへの愛情だって、変わらない。
だけども、
どうしても高学年の担任ばかりしていると
心がすそんでくることがある。
今どきの進学校の高学年は、しんどいということだ。
きれいごとではない。
いかに愛していても、しんどいときがあるのだ。

ときどき、低学年担任して
小学校教育の原点を再認識してほしい。

11月の荒れは本当にある

Posted By taga on 2018年11月1日

11月の少し前から、高学年を中心に
教室がしだいにうまくいかなくなっているという声を聞く。
昨日行った学校では、校長が僕の本を買って
5,6年の担任の机に置いてくださった。

『多賀一郎の荒れない教室の作り方―「5年生11月問題」を乗り越える』(黎明書房)

11月の荒れは都市伝説ではない。
その起こるメカニズムもある。
今、なすべきことは、
子どもの声を聞くこと。
子どもが教師の声を聞かなくなって
なんとか聞かせようと必死になればなるほど
子どもたちは離れていく。
聞かなくなったら、子どもの声を聞かないといけない。
どうしたの?
何を求めているの?
子どもから聞き切らないと
聞いてはもらえない。

40年前・・・

Posted By taga on 2018年10月28日

明日の昼から、大阪の大国小学校へ行く。
国語の授業を見せて
90分の講演。
岡田校長に呼ばれたものだ。
岡田先生は、僕の大学の教育衛生学専修の後輩だ。
卒業以来出会うのは初めてだが、
昔のつながりは、お互いに安心感を生む。

教育衛生学は、とても特殊な学科だった。
大脳生理学や当時は出たてのコンピューターのベーシック研究など、
変わったことを学んでいた。
僕は、佐守信夫先生にあこがれて教育衛生の門を叩いた。
博学で品があり、医学博士で保健学会の理事長だったかな。
教育衛生学は、教育を心理学ではなく、教育を生理学的にとらえるものだった。
その学びは今の自分の考え方のベースになっている。

でも、学問の学びよりも、在り方に魅かれたんだった。
我々が卒業の時に佐守先生もご卒業。
六甲山ホテルで洋食のフルコースをご馳走になった。
海老のアプリケーヌ・ソースだったかなあ。
貧乏学生の僕らには、由緒あるホテルでの食事は鮮明な思いでとなった。
卒業後、一度だけお宅へお邪魔したことがある。
壁一面の本棚の書斎。
その前に座られて
僕らに出したティー・カップとは違うミントンのカップで紅茶を。
そんなのにあこがれて、
僕の書斎は壁一面が本棚で
ミントンのカップでお茶を飲む。

恣意的だが意図的ではない?

Posted By taga on 2018年10月23日

この国はどうなるんだろうか。
官庁での障碍者雇用のごまかし水増しについての報告。
「意図的」は目的があったが「恣意的」は思い付きだから
悪意はなかったと言いたいのか。
障碍者雇用の法律ができ、
それを真っ先に遵守しなければならない官公庁では
思い付きで行政をしていたというのか。
「うちらはそんなにいいかげんでんねん。」
と言っているわけだ。
最高の頭脳を結集した官僚たちの一番上の人たちは
思い付きでいいかげんなことをしていると
自ら言うのだ。
語るに落ちるというのはこういうことだ。
「矜持」という言葉はどこへ行ったのだろうか。

素敵な女子高生

Posted By taga on 2018年10月13日

早朝の愛犬さんぽほしていたとき。
こちらに向かって、駅に向かう女子高生が歩いてきた。
突然立ち止まったので
「ん?」
と見ていたら、
道路わきのゴミステーションに近づいた。
そこには、カラスよけのためのネットから
全部はみ出しているゴミが捨ててあった。
女子高生は、そこに近づくと、ゴミを持ち上げてネットの中にしまい込んで
ネットのはしをしっかりと地面につけた。
そして、そのまま何事もなかったかのように、
歩き去った。
てらいもためらいもないさりげない動作が素敵だった。
朝からいいものを見た。