多賀マークの教室日記

教育にかかるよしなしごとを、つれづれなるままに・・・。
「教育」というと、力の入った人か、アウトサイダー的な方かの両サイドが目立つ。
僕は、港と山にかこまれた神戸という風土で肩を張らず、妥協もせずに見つめてきた目から、今を語りたい。

親力 46 完璧主義のあなたに

Posted By taga on 2022年3月27日

Ⓑ 完璧主義のあなたに
 子どもの宿題は帰ってすぐにしなければ気持ちが悪いとか、帰ってきたらカバンの置くところは決まっていて、そこに置かなければ気分が悪くなるとか、時間通りに食事や朝の準備をすませて家を出てほしいとか、帰宅時刻が不安定になるとイライラするとか・・・。なんでもがきちんとしていないと、気が済まないというタイプの方。
 ご自分が完璧主義だからといって、子どもたちも同じ性格だとは限りません。そんなときには、
「この子はなんでこんなにだらだらとしているんだろう。」
と、腹が立ってしまうでしょうね。
 そこで、子どもにいろいろと口出しや説教をして、それでも子どもが直せないとなると、切れてしまうかも知れません。
 だいたい、こういう完璧タイプの親には、子どもは反発しがちなものなのです。
 ここは、完璧にするのは、ご自分のことに限定するように考えてみてはどうでしょうか?
 自分は完璧主義なのだから、自分のことは完璧にするが、子どもたちにはそれを強要しないことです。
 例えば、食事の準備時間は固定してそれに応じて準備してしまう。子どもたちにも声掛けはするけど、その後の時間のコントロールは子どもたち自身に任せるのです。
 温かいお味噌汁や紅茶が冷めてしまっても、それは子どもたち自身が自己責任で受け止めてもらえばいいと割り切るのです。
「自分はきちんとする。あなたたちがペースを崩すのはあなたたちの責任です。温かい食事が食べたければ、それに時間を合わせなさい。」
という感じですね。
 ご自分の精神というか、考え方というものは大事にしなければいけません。だいたい、完璧主義の方は、だらだらした生活態度は許せなくなるものです。でも、それを口にしても言い合いになるだけで、不毛です。
 自分はきちんとして、子どもが合わせられるものは合わせる、それができなければ、無視するというのが良いと思います。

親力 45 コミュ症のあなたに

Posted By taga on 2022年3月26日

Ⓐ コミュ症のあなたに
 コミュ症という言葉が世の中で広まってきました。他人とのコミュニケーションに難のある人を指す言葉です。僕が出会った保護者の中にも、このタイプだろうなと思われる方はいらっしゃいました。
懇談で話していると、ときどきぼそぼそと話されるだけで、あまりご自分の意見はおっしゃらないのです。僕と目線を合わせることさえ苦痛に見える方もいました。
保護者会でも隅っこに座られて、あまり周りの方々と雑談される様子も見えません。親しい保護者もとても少ない方というのが多かったように思います。
ただ、このタイプの方は、ご主人がトラブルにあったり、単身赴任になって家族のことを独りでしなければならなくなったりしたら、なんだかしゃきっとされて別人のようになることがありました。
たとえそういうアクシデントがなかったとしても、子どもに対して愛情を注いでいらっしゃることは、よく伝わってきました。
 つまり、このタイプの方は、コミュ症であることを気にしなければ、親としてある程度のレベルの教育はできているということです。
コミュ症というのも、自分の性格というか個性の一つだと捉えて、自分が子どもたちにすることを大切に考えていれば良いのです。
今の時代、コミュ症の方に対する理解も少しずつ出てきています。他人とコミュニケーションをとる努力は一般的には必要だと思いますが、いいじゃないですか、自分はコミュ症であっても、子どものことがちゃんとできていれば。

親力 44 自分はどのタイプか見極めよう

Posted By taga on 2022年3月25日

⑮ 番外編 自分はどのタイプか見極めよう
 人はみんな違っています。個性とも、タイプだとも言われます。自分はどんなタイプなのかを考えて、そういう自分に合った心の持ち方や言動の仕方を考えることは大切なことではないでしょうか。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」
という言葉が「孫氏」にあります。
 まさしく己を知って、それに応じた教育を考えましょう。人は、自分以上のことはできません。どんなに優れた教育であっても、自分に合わなければできないのです。そして、理想の教育を追い求めてもできなければ、挫折感に打ちのめされることでしょう。
 自分を否定しても仕方ありません。だって、そういう自分なのですから。子育てという重要な仕事は、休むことなく続いていくのですから、自分らしい子育てを目指すべきです。
 だいたい、性格は諸刃の剣です。味方によって、良いものにも悪いものにも変わります。
 個性というものを少し、あげてみます。
マイナス面とプラス面の両側からみてみましょう。ご自分はどれに当てはまりますか。
① 細かいことにこだわりすぎる。しつこいとまで言われる。そういう性格は逆に言うと、粘り強くて研究熱心なのではないでしょうか。
② 何にでも口をはさむ。出しゃばりとみられる。そういう性格は、好奇心旺盛で探究心が強いのだとも解釈できます。
③ 無神経で鈍感、いいかげんな性格だと思ったら、それはものごとをいつまでも気にしない性格、おおらかな性格ですよね。
④ わがままで自分勝手って、嫌なやつに思えますが、見方を変えたら、自己実現力が強くて自己主張ができるタイプだとも言えます。
⑤ ケチで吝嗇家だと思われる方は、実は倹約家で堅実な生き方をしているでしょう。
⑥ なにごとにつけても遅くて時間がかかり、ばかていねいすぎる方の場合、ものごとにじっくり取り組むタイプだと言い換えられます。
⑦ 神経質で細か過ぎる方は、繊細で他者に対して心配りができる性格ではありませんか。
どうでしたか。
僕は、④と⑦だと自分では思っています。
同じ個性(性格)でも、見方を変えると、違う方に変わるでしょう。
人はいろんな個性を持っています。まったく同じ個性の人間は、双子以外は、この世に存在しません。
その個性のプラス面に光をあてて自分のできることを考えてみましょう。

親力 43 高学年~中学生(思春期)との対話

Posted By taga on 2022年3月24日

■ 高学年~中学生(思春期)との対話
 高学年になると、女の子は完全な思春期だと言えます。男子も少しずつ思春期に入っていきます。思春期はややこしい時期です。まともに親と対話しようとしない子どもも出てきます。
 体のあちこちで第二次性徴(体全体で性差が生じてくる時期)が起こっているので、なんとなくイライラして不安定なのが当たり前の時期です。
 話しかけても反応しないし、時には無視したりされることもあります。ちょっとしたことで反抗してくることもあります。対話しようとしても、拒否されやすい時期であるということは、頭に置いておいた方がいいでしょう。
 ただでさえ対話するのが難しい時期なのに、子どもの様子を見ていて話したくないように見える時には、ちょっと話しかけるのは待った方がいいと思います。大人だって、期限の悪い時に話しかけられたら、嫌ですよね。
 それでも、どうしても対話しなければならないときはあります。子どもがいじめに加担しているのではないかと思うときとか、逆にいじめられているのではないかというとき。子どもが反社に関わっているのではないかと感じるとき。子どもの将来について進学とかを話し合わなければならないとき。等々。
 つまり、思春期に対話しなければならないことって、子どもの人生に大きく影響することが多いのです。
 この時の対話は、まさしく「対話」なのです。つまり、相手と対等の位置でお互いの話をよく聞いて、お互いが納得のいく線について話し合うのです。相手はまだ子どもです。世の中のことはよく分かっていません。だからといって、親が世の中のことをよく分かっているというのも傲慢だと思います。親が分かっているのは、自分の経験した世の中の一部なのだということは、認識するべきです。
「お前は何も分かっていない。」
「世の中を甘く見るな。」
等ということは、反発を産むだけの言い方です。
 子どもの考えをよく聞いて、一緒に考えていくという姿勢を示すべきだと思います。

親力 42 中学年との対話

Posted By taga on 2022年3月23日

■ 中学年との対話
 中学年になると、少しレベルの高い会話もできるようになります。ただし、メタ認知は弱いので、言っているほどには理解できていないと思った方が良いでしょうすが・・・
 具体的な言葉だけでなく、抽象的な言葉もつかえるようになっていきます。(もちろん、個人差は大ありですが・・・)
 この時期の子どもたちは、他者に対してのことばかりが見えています。
「〇〇くんが、こんなことをしていた。」
「△△さんは、あんなことをして、いいのかなあ。」
等と、他者の批判が多いのです。
 思わず、
「あなたはどうなの?」
と言いたくなってしまいます。
 人のことばかりを言いがちなのだから、その他者への眼を、きちんとさせましょう。どういうことかというと、あいまいな表現に突っ込んで、より詳しく正確に見たこと聞いたことを話させるのです。
「みんなが言ってる。」
というのを、
「誰と誰が言ってるのを聞いたの?」
と、正確な人数を言わせます。覚えていないというときもあるでしょうが、
「じゃあ、『みんなが言った。』というのは、おかしいですね。」
と、考え直させるのです。

親力 41 低学年との対話

Posted By taga on 2022年3月22日

■ 低学年との対話
低学年の子どもは、いろいろなものに対する経験値が圧倒的に不足しています。いわゆるメタ認知というものが少ないのです。
さらに、抽象的な話をしても理解できません。具体的な話しかできないと言っても良いでしょう。
具体と抽象とは、どう違うのでしょうか。よく出てくる言葉ですよね。
「具体的な話をしましょう。」
「あなたの話は抽象的過ぎて、よく分からない。」
等ということを耳にしませんか?
 具体とは、はっきり目に見えたり、触ったりできるものだと考えると分かりやすいと思います。机、ノート、本、コップ、カーネーション、キツツキ、ライオンといった物は、具体物です。
 一方、抽象的というのは、具体から共通点を取り出したものを言います。文房具、花、小鳥、動物というと、抽象的になります。また、頭の中だけで考えていて、具体性に欠けるさまも、抽象的です。
 低学年の子どもたちの多くは、具体的なものがないと、理解できません。頭の中だけで考える抽象的な思考ができないのです。
 よく幼い子どもにはかみ砕いてていねいに説明してやらないと理解できないと言われますが、まさしく具体的な説明が必要なのです。
 従って、低学年の子どもとの対話には、親が子どもの思考を具体的に考えないと理解できないし、話すときに抽象的な言葉ばかりを使ってしまうと、成立しません。

親力 40 年代別に変わる対話

Posted By taga on 2022年3月21日

※ 年代別に変わる対話
 当たり前のことですが、子どもたちは年代によって大きく変わります。大人はたいして変わりません。ですから、子どもに対して話し合うときには、親がレベルを子どもに合わせていかねばならないのです。当たり前のことなのですが、案外、そこを理解している方が少ないのです。高学年の子どもを「子ども扱い」してみたり、低学年の子どもに難しい概念で話をしたりしてしまうのです。
 それでは、まともな対話が成立するはずがありません。
 子どもの発達段階に応じた対話の仕方があるのです。(ただし、発達には個人差がありますので、三年生になったら全員が三年生のレベルになっているとは限りません。中高生レベルの三年生もいれば、幼児期に近い三年生もいるということです。)

※ 幼児期の子どもとの対話
 幼児期の子どもは、話があっち飛びこっち飛びします。一つのことに集中して話し合うことは、時間をかければかけるほど難しくなります。
 筋の通らないことを平気で主張してきます。それらを全て肯定して聞いていたら、大変なことになってしまいます。
 この時期の子どもたちは感情だけでモノを言っていることが多いのです。
 また、よく聞いても理解の難しい独特の言葉を発するときもあります。
「パージフテン」とか「ヘンロ―グレン」とか、全く意味が不明な言葉を連発してくるのです。
 そうした言葉を全て読み解こうとすることは、意味がないように思います。そんなことよりも、子どもの「思い」をくみ取ってあげることが必要でしょう。
「そうかあ。〇〇〇と思ったんだね。それは腹が立つよねえ。」
と、感情そのものを受け止めることから始めるべきです。
 自分の思いを受け止めてもらえたと思ったら、それだけで子どもの問題は半分以上解決されてしまうのです。

親力 39 聞くことが対話

Posted By taga on 2022年3月20日

 さて、中学年以上になってくると、なかなか対話の機会がつくりにくくなってきます。
 子どもも忙しくなってくるし、学校のことを言いたがらない子どもも増えてきます。
特に自分の都合の悪いことは言わないと思っておいた方がいいでしょう。
 思春期に入ってくると、ますます親と対話すること自体を避けようとしてきます。
それも、当たり前のことなのです。特にうちの子は大丈夫なのかと心配することはありません。
 それでも、対話の機会を作って、子どもの話を聞くということはなんとかしてやってほしいものです。
子どもも大人も忙しいが、その中で少しでも時間を作るのです。
 子どもの話を聞く時は、まず、自分が話の途中で口をはさまないことが大切です。
つい、途中で口を出したくなる時ってあるものですが、それを自生してこその大人でしょう。
 それから、子どもが話しやすいような反応をするべきです。うなずいたり、相槌を打ったりして、聞いてるよという反応を示すのです。
 さらに、
「ふんふん、それから?」
とか、
「なるほど、それで?」
とかいうように、次の話を促すような反応をすると、子どもは話しやすくなります。
 よく聞いた上で、自分の考えを静かに語るのです。
対話ですから、相手(子ども)を自分の意見で説得するのではありません。
 子どもが心から納得するような話ができればいいですね。

親力 38 聞くことが対話の第一歩

Posted By taga on 2022年3月19日

※ 聞くことが対話の第一歩

 対話の一丁目一番地は、「聞くこと」につきます。
相手の話を最後まで聞き切ることが最も重要なのです。
この場合、相手というのは、子どものことです。
 幼児期や低学年の子どもの話は、ともかくつたないものです。
「あのね、それでね、これがね、・・・。」
と、まどろっこしい言い方しかできません。
同じことを何度も繰り返すし、要領を得ない話が延々とつづくこともあります。
それは当たり前のことですね。
 だって、幼子が理路整然と
「今日の午後三時半頃に、公園においてA君と砂場で遊んでいたところ、A君の掘った砂が後ろにいた自分の足に五センチほどかかったので、ムカッとなって、後ろからA君を押したら、A君が前につんのめった。怒ったA君が殴りかかってきたので、防御のために所持していたスコップを顔の前に掲げたら、A君の手がそのスコップの角に当たって、A君の右手の中指と人差し指が切れて、A君が泣きだした。」
等と説明したら、気持ち悪くないですか?
 つたない話を丸ごとじっくりとクジラ聞き(クジラのように餌のアミエビをがばっと丸ごと飲み込むような聞き方)するのです。
 それは、とてもめんどうなことです。
子どもたちが親に話しかけてくるときは、親の忙しさを見て、うまく手の空いたときにではなくて、
忙しいときに限ってやってくることが多いものです。
 したがって、じっくりと顔を向けて聞くことが難しいことではあります。
 しかし、そのときにじっくりと話を聞いてあげることで、子どもの心は落ち着きます。
心が落ち着いたら、正しい方向へと考えが向かうことが多いのです。

親力 37 親子だから掛け違うこともある

Posted By taga on 2022年3月17日

※ 親子だから掛け違うこともある
 親子だからこそ、掛け違うことって、たまにあります。
 甘えというのでしょうか。言わなくてもこのくらい分かるだろうという思い込みで、知らない間にボタンが掛け違ってしまうのです。
 「愛情」というものは、目に見えるものです。声として聴こえるものです。
 子どもに対して
「あなたのことを大事に思っているよ。」
と思うだけでは、子どもに伝わらないときもあるのです。
「あなたをこんなに愛しているよ。」
と、見せたことがありますか?
「あなたが大事なんだよ。」
と、直接言葉で伝えたことがありますか?
 そういうことも全然しなくて、顔を合わせれば小言か注意ばからしていませんか?
「早くしなさい。」
「そこ、片づけなさい。」
「宿題、やったの?!」
「何をやってるの!」
「もう!」
こんな言葉ばかりが親の口から出ていたら、子どもはどう思うでしょうか。
 それらの言葉は、全て、子どものことを思って言っているのだとしても、そんな言葉ばかり聞いていて、
「ああ、親は自分を大事に思ってくれているんだなあ。」
なんて、思えるでしょうか。